乳の宮 -積良-
むかしむかしのことです。
「あーあ」
さきほどから、ため息ばかりついている母親がいます。産後の肥立ちがはかばかしくなく床に就き、一滴もでないお乳をしゃぶって、弱々しく泣く赤ん坊を抱きしめ、途方に暮れていました。
そばで父親がみていてもどうすることもできません。
「あーあ」
と、まるでため息が移ったかのように肩を落して山仕事に行きました。
なんとかして母親が元気になって赤ん坊にお乳があげられるようにしてやらねばと、五月晴れの空の下、山仕事をしていると、大きな楠の木が目に付きました。
それはそれは大きな木です。
よく見ると枝の間から白いきれいな花がたくさん咲いています。
村では神が樹に降り立ったと信じられ神木としてあがめられている楠の木でした。
父親はこの楠の大木に両手を合わせ、妻にお乳がでるように祈りました。
それからくる日もくる日も、山仕事に来ては、せっせと楠の大木に手を合わせ祈りました。するといつの間にか
「あーあ」
というため息がでなくなりました。
ある日、日が暮れて山仕事を終え家へ帰ってくると、いつも寝ている母親が起きて
「今日はお乳がよくでるわ」
と笑って赤ん坊を抱き、お乳を含ませているのです。赤ん坊はだんだん元気になってきました。そうしていつの間にか
「あーあ」
という母親のため息も聞こえなくなりました。
父親は、これは楠の大木に祈ったのが良かったのだと、洗い米をお礼にお供えしてお参りしました。
それからは、この楠の木を『乳の宮』と呼び、お乳がでなくなって困っている母親達がお参りするようになりました。
毎年2月11日は神祭(かみさい)が行われ、近年までは村の人達が甘酒をふるまったといわれています。
時代は変わって、樹木伝説を信じ祈ったことは、遠い昔話になってしまいましたが、杉と桧(ひのき)の森の中にまつられている乳の宮は、神秘的なたたずまいを今も残しています。
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